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琉球風水レッスン

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バックナンバー
1: 風水の基本
2: 沖縄サミット編
3: 風水の歴史
4: 地形からみる風水
5: 住宅の形から見る風水
6: 住環境
7: 土地の活かし方
8: 建物の配置と門・塀・アプローチ・玄関
9: 風水を取り入れた間取りプランの考え方
10: 住宅の配置と門・玄関
11: 台所(キッチン) 
12: 床の間  
13: 風水とトイレの話
14: 仏壇と神棚
15: 浴室と風水
16: 引越しと屋敷祈願
17: 吹き抜け
18: 部屋からの眺め
19: 鬼 門
沖縄サミット編
沖縄本島は島全体が龍の体で表現されます。首里城も風水を考えて造られていることが文献に書かれています。
琉球王朝時代に蔡温(さいおん)たちが盛んに行なった風水は、主に都市計画や治水、植林計画としてのものでした。 琉球王府の政策は、出来るだけ自然の地形を利用して建造物やかんがい施設を作り、 国民の生活の安定と発展を図ったのです。風水師は、福建省で風水思想を学んだ役人である場合が多く、 彼らは最初に村の立地条件を判断するために、山や川との位置関係や村落の向き、 適した農地や用水が確保できるかどうか、風当たり、水はけはどうかなど、地域の自然環境を調査しました。 風水上重要な地形は、開墾や干拓などによって気脈を変えないように厳重に注意していました。
首里の龍脈の源は弁ヶ嶽です。 弁ヶ嶽は首里城の真東に位置し、首里城の正門は真西を向いています。 首里城の正門がなぜ西を向いているかについて風水から考えれば、 首里城が弁ヶ嶽の龍によって背後から守られ、弁ヶ嶽から流れ来る龍脈が龍穴を結ぶようになっていたためと解釈できます。 弁ヶ嶽から見通しますと、首里城と沖縄県庁は、真西に向かってきれいに一直線上に並びます。 そして、那覇空港は、首里城から沖縄県庁を結んだラインの延長線上に作られています。 また、首里城正殿は、『庚方位』に向かって建てられているのですが、 この庚方位にわざわざ那覇空港があるのです。
風水では、庚方位は巨万の富と高い地位を得る方位と考えます。 琉球王朝時代には首里城の御庭で外国からのお客様と謁見したようですが、那覇空港が首里城正面 に位置するということは、「那覇空港はまさに首里城の玄関口である」と言えます。言いかえれば、那覇空港は沖縄県が海外からのお客様を歓迎して出迎える玄関口にあたるのです。
西暦2000年の大吉方位は『庚』方位となっていて、今年この方位から大吉運がやってくるのです。 風水的に考えると、今年の沖縄にとって那覇空港は大吉方位。 那覇空港から大吉運がもたらされることになります。この方位 は、高い地位と巨万の富を象徴する方位ですから、沖縄サミットに参加するため世界の首脳が那覇空港に降り立つということが起こるのです。

沖縄サミット第1日目:2000年7月21日
きょうは、「沖縄サミット」第1日目。打合せに糸満に行きました。交通 規制もあったので空港付近は通らず、首里から570号線を南下しました。車も少なく空いていて、 糸満に入ると人っ子一人道路を歩いておらず、自分たちだけが取り残されたような不思議な気持ちになりました。
平和記念公園前になると急に警備が厳しくなり、人だかりと上空にはヘリコプターが旋回していました。私たちは偶然にも、平和の石礎(いしじ)を訪れたクリントンアメリカ大統領と同じ時に平和記念公園に来ていたのでした。いつになく緊張感の張り詰めた空気の中を車を走らせながら、今世紀最後の歴史的な出来事に遭遇している自分を不思議に感じました。公園にはたくさんの警備の人と、クリントン大統領を一目見ようと集まったマスコミ関係者や老若男女の姿がありました。現職のアメリカ大統領が沖縄を訪問するのは、60年安保の時のアイゼンハワー大統領以来のことだそうです。
1945年に日本は終戦を迎えましたが、日本唯一の地上戦で23万人にも上る戦争の犠牲者を出した沖縄。沖縄は戦後すぐにアメリカの管理下に置かれましたが、その後のアジアは共産主義旋風が吹き荒れ、1948年朝鮮人民共和国成立、1949年中華人民共和国成立、1950年朝鮮戦争勃発という大事件に緊張感が走りました。その結果 沖縄の米軍基地が強化されたのです。 1952年から1972年の本土復帰に至るまで、沖縄はアメリカの統治下に置かれました。
今から500年前の琉球王国時代には、軍隊や武器を持たない平和の民族としてアジアの独立国の一つでした。他国を侵略したことが一度も無い平和を愛する民族が、現在背負わせられている基地の重みはどれほどのものでしょうか? 琉球民族に流れる血の中には、戦争を嫌い平和を愛する思いが何百年にも亘って積み重ねられているのです。
朝鮮半島の関係改善に伴って、沖縄での米軍基地の整理縮小が進んでいくとよいですね。

沖縄サミット最終日:2000年7月23日
午前中は晴れ。サミットが終わった午後からは雨が降っています。 初日は物々しい厳戒体制で緊張感が走っていましたが、各国首脳と沖縄県民の交流会もあちこちで催され、2日目になると県民には親近感が生まれて沖縄は穏やかな雰囲気に包まれていました。
さて、2日目の夜の首里城での晩餐会には、琉球舞踊や琉球音楽など沖縄の伝統芸能と泡盛や琉球料理でもてなされました。琉球王朝文化は日本文化よりも、どちらかというと中国文化が色濃く反映しています。首里城にしても"朱"の色彩 が見事です。"龍"も王家の象徴となっています。
ところで、この晩餐会の食前酒は、泡盛をベースにしたカクテルでしたが、グラスは首里城の建物に合わせた赤の琉球ガラスが使われました。 また、21日に琉球ガラス村を訪れたとき、琉球ガラスで出来たファーストレディー用の皿を見せていただきました。沖縄のさんご礁 と海の色を表わした琉球ガラスは、とてもきれいで見とれてしまいました。 風水的にも最高のものです。 この皿の小さい版がやがて販売されるそうですので、カクテルグラスと一緒にこのホームページでもいつか紹介しようと思います。 沖縄サミットの運勢があなたの住宅やオフィスにも届くといいですね。
沖縄県の発展は首里城の影響を受けること、さらに龍脈の源である弁ヶ嶽のエネルギーの強さにも影響されるといえそうです。風水的に考えると、サミットの開催地として沖縄が選ばれた背景に、県庁の配置そして那覇空港の存在が大きかったのではないでしょうか。 沖縄サミットの晩餐会が首里城で行われますが、西は金運社交運の方位 ですから、首里城に世界の首脳が集まりマスコミも取材することによって、沖縄県は外国との貿易や観光客でさらに金運が上昇する可能性があるといえるでしょう。
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